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シニアの未来

シニア・団塊の世代 黄金時代の未来


 団塊の世代のお金の使い方 堺屋太一

 団塊マーケットを作っていく主役は生産者、なり販売者ではなく、消費者であり購買者である団塊世代の人たちです。

また、定年後の世界に入る時、これだけ歓迎されている世代は今までになかったしこれからもないだろうと思えます。

堺屋太一(さかいやたいち)さんは、21世紀始めの時代は団塊世代が作ると予言しています。
      



「黄金の10年」の始まりだと言うこと、

だから

市場の消費者として歓迎されているというのは「財布を狙っているんだよ」と考えて

身構える人もいるかもしれません、でも「狙われなくなったらおしまい」ともいえるのです。

それに、財布の紐を締めるか緩めるかの判断は団塊世代のあなたが決めることなのです。

お金は使うことが大切だと分る

それまでに
多くの人が経験する共通のことのようですが、しばらくの間、経済的な面で保守的になります。お金はなるべく使わないという気持ちになります。

人により差がありますが半年から三年間位。

この期間は過渡期と考えていいでしょう。

この間に自分が変ります。価値観、人生観が変わっていきます。中でもお金に対する考え方が変わります。

お金のことは心配しすぎてもきりがない。

堺屋さんは、

終身雇用・勤勉貯蓄も団塊世代と共に去る

そう予言しています

決して無駄使いをするのということではない。しかし自分の、また自分たちができる枠の中で、楽しみのためにお金を使うことが大切だと考えるようになります。

自然にそのような考え方になるのです。

団塊世代の生活観

家計マイナス、貯蓄取り崩しへ

そして、団塊世代の文化と美意識を変え、

人生観が変わる時代、

それが日本経済の気質を根底から変えて、大変革時代を迎えるという

期待の持てる未来を団塊世代が作るのです。


まずは、大阪のホテルで毎週高級ディナーが30%OFFの団塊世代サービス(60歳以上4名のグループ)を

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シニア京都観光

京都観光 伏見編 城南宮

京都観光伏見 城南宮

今回も娘のご案内です。

…近鉄竹田駅から市バスに乗って、行くことができます。(パルスプラザ方面行き)

京の南の守護神として創建され、平安時代末期に城南(鳥羽)離宮として造園されました。
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春秋の曲水の宴(うたげ)などが有名です。
ほかにも、年中行事はいろいろあります。
とても広い日本庭園には四季折々の花々が。

入場料:大人500円。小人300円。

桃を見たい人は、こちらへどうぞ。桃山城跡もおすすめですが。

桃について…梅見、花見(桜)、牡丹やアジサイの花を見に行くことは、とてもメジャーですが、桃の花を見に行く人はあまりいないのではないでしょうか。

 でも、わたしは桃が大好き。子供の頃から、桃の節句になると、よく母が雛人形と一緒に桃の花を玄関に活けていたからなのでしょう。

わたしが通う絵本教室の先生、トットさんは、
 「桃の花って、色が派手すぎて、名前に似つかわしくないと思うの」

とおっしゃいますけど。100キンに売られているつくり花でも、バラや梅、桜はたくさんあるのに桃の花は置いていないことが多いです。


 二十歳くらいの頃、京都御所で桃の花をたくさん見ました。梅の花の庭園の横が桃の庭園になっていました。

 桃の花が好きな人は、私のほかにもたくさんいるらしく、“桃を愛でる会”みたいなものがあるようです。

桃が見頃の時期は、大体3月下旬から4月半ばまで。伏見桃山城というくらいなので、伏見は桃の名所なのです。

 今回は、桃山城ではなく、城南宮の桃を紹介しましたが、次回は伏見の桃の名所をすべて紹介したいと思っています。

シニア京都観光

京都観光伏見 寺田屋 歴史の旅

シニアの旅 武田鉄矢と伏見寺田屋

近く宇治に住む娘の案内です。

昔ながらの船宿の風情を残す寺田屋。柳並木と酒造の街、伏見の川沿いに立つ旅籠(はたご)です。

木造建築で、雰囲気のよい、泊まってみたい建物でした。庭もきれいです。
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 テレビで、今でも泊まれる様になったと聞きました。パーソナリティは、「泊まったら殺されるんとちゃう?」とコメントしていましたが。                    
ここに、歴史的事実を書きます。

幕末、維新の舞台となった。薩摩藩の定宿だったそうである。

1866年1月24日午前2時頃、寺田屋は京都伏見奉行所の捕吏に取り囲まれた。竜馬はお龍(のちの竜馬の妻)の知らせで、梅の間に上がってきた捕り方を身構え、ピストルで脅かした後、脱出に成功し、近くの薩摩屋敷に入り保護されたと伝えられている。

1862年4月、薩摩藩の攘夷派志士、有馬新七ら九人は、公武合体派で薩摩藩主であった父、島津久光上洛に呼応して、倒幕挙兵を計った。島津久光は、家臣を送って新七らを鎮撫させたが、志士たちは従わなかったので斬殺されたとのこと。

 京阪本線と宇治線が交わる中書島駅から竜馬ロードという道が出ています。坂本竜馬のことは、私はあまり知りませんが、男の人にファンが多いようです。

武田鉄矢主演の映画を一度見てみようと思っています。前に、漫才師ダウンタウンの松本人志が、バラエティ番組で、「俺はどんな悲しい映画観ても、絶対泣かへん」と言いながら、この坂本竜馬の映画を見て涙をポロポロ流していました。



 前に宇治のことを書きましたが、宇治もいいですけど、伏見も情緒ある土地だということが少しずつわかってきました。宇治は住んでいて、探検したのでよく知っています。

伏見は実はあまりよく知らないのです。この記事を書きながら、少し伏見を探検してみて、勉強しながらまた記事にしたいと思っています。

 全曲集 / 海援隊

ダイエットの知恵

ダイエット?びっくりした話

何で?ダイエットしてないのに

微生物は5年以上も研究し、発酵食品(お味噌、漬物など)を多く食べる人は腸内細菌が多くて、細菌性の病気に強い

そんなことをずいぶん勉強、知っているはずだったのに、

今回のことにやはり「びっくりするのですね。」


「えっ!このはかり狂ってへん?」
思わず叫んでいました。

冬用の服装厚着、靴まで履いて、その体重が77.5Kgを指して今した。

昨年12月の暮れ、そんな状態で体重計った時80キロを余裕で超えていたのに・・・

帰って風呂上りに体重計に乗ると75.5Kg!

一体これどうなってるの、

普通と変わらず、酒は飲む食事は当たり前に食べていました。

まして1月4日から完全禁煙で、50日間以上タバコとはさよならしているし、

これはおかしい、

何がこんなに急に体重を下げたのか、1ヶ月で3.5キロも・・・

しばらく考えて、ひとつだけ思い当たることがありました。

実は私、ライフワークで微生物を使って環境浄化をする仕事をもう5年以上続けています。

そこでお会いした、町の研究家小森バイオ研究所の小森先生と親しくして、

その微生物の力を高く評価して、何とか生ゴミ処理や水浄化に普及させたいと活動しています。

ちょうど半年前、健康食品としていただいた錠剤を1月半ばから3粒程度ためしに呑んでみています

バックパワー

左の写真がそれですが、本当のところを告白しますと、

水浄化や生ゴミ処理に使う微生物は信用しますが、なんか怪しげなサプリメントには手を出しにくかったのです。

それでも、いただいたのに『呑まない」で何のお答えもしないのは失礼ですから、仕方なく呑んでみたのが実情なんです。

そこで最初の驚きにかえりますが、
何かしたかというと、この錠剤を呑み続けたことしか心当たりはありません。

箱を見ると、乳酸菌オカラ末加工食品とあります。

要するにオカラ粉末を特別健康食品に加工したものでしたが、そればなぜ?

わかりませんでしたので、小森氏に電話をしてみました。

「ほかに呑んでる人はどんな感じですか?」
「そうやな、ほとんどの人が1ヶ月2キロは体重減ってる」
「えっ!それなんでですか」
「宿便が落ちるせいが大きい、その後は少し脂肪を分解しているのかな、
 とにかく宿便落ちた後、便の量が少なくて、ガスがよく出ます。」

とのこと、
そういえば1週間前くらい前、すごい便が出たのを思い出しました。

あなたには下の話でも仕分けありませんが
切れ目のない「うんこ」が長々とそう2キロ以上は出続けたんですね

あぁあれが宿便というやつだったのか

そのせいで、いやそれだけで3.5Kgも体重が減ったのか



もしよければ私のライフワーク「環境と微生物」のページご覧ください。

今もなお疑問がありますが、体重計は狂っていませんでした。

微生物の働きは、改めて大きいと再認識しました。

一休の知恵

知恵の宝庫が我が地にあった

一休の里から知恵の発信

一休は諸国を放浪しながら禅の道を探索しました。

これ以降の一休の軌跡はしばらく庶民の中に埋もれてほとんど見えていません。38歳の頃、亡くなる直前の実父・後小松上皇と1度だけ面会したことが記録されているのみです。

その間庶民の間で一休の人気は高まり、生き仏とみなされるようになりました。また浄土真宗の中興の祖である蓮如とは深く親交し、互いにその凄さを認め合っていました。



晩年の一休は旅芸人をしていた森(しん)という盲目の女と知り合い、愛を深めます。森は約10年にわたって一休の世話をしました。

この時期、一休はまた漢詩集「狂雲集」をまとめています。そして文明13年、大燈国師の命日に、森や幾人かの弟子に看取られてこの世を去りました。

『朦々淡々として六十年、末期の糞をさらして梵天に捧ぐ。借用申す昨日昨日、返済申す今日今日。借りおきし五つのもの(地水火風空の五大)を四つ(地水火風)返し、本来空に、いまぞもとづく』

辞世の言葉でした。

天皇の子供として生まれながら、庶民の暮らしの中に真実の情報を見つけた、一休を尊敬します。

京田辺の地、私の住む街の知恵者が一休なのです。

知恵の宝庫、知恵袋

この地の一休さんにお教えをこいながら

これからの情報を伝えていこう

そんな本物ブログを目指します

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